帝国との戦争も終わり、彼は一緒に居た者等と一番近くの都市ガスビアに暫く滞在する事になった

此処でなら自宅に届いている手紙の返事もゆっくりと書けるだろう

滞在中に書き上げて送り、帰ったら会いに行こう、そう思いながら街中を歩く


アズガルにーセラにーカジカさん、トゥーレさん、ムゾリさん、ナナイロさん、呼鳩さんに六識さん

後はーキーシェさんとLYNOさんとー狗李さん、シルさん、フォウリーさん、NAぁ。さん

それからそれから


指折数えながら歩く王都はビーストアークとは違い人間的な建築物が多く、国の違いを実感できる

と、都市の入り口に何か人だかりが出来ていた

行ってみれば


海が荒れていて別の大陸から到着すると言う予定の客船が転覆しそうだから人手が欲しい

余り時間が無いんだ、と叫ぶ港の職員…だろうか、数名の人間種が都市の者達に助けを求めている

呼応する様に多くの人が職員達に協力しようと都市から出る中、柿の木も少しの合間ならと初めての海へ向かう

聖都とガスビアの合間にある港

其処へ到着予定の大型の客船は、常に機嫌の悪い北方の荒波の腕の中で弄ばれていた

今にも転覆しそうな其れを見守る港の職員達

船はそれでも何とか港へ入ろうと激しい風に波を押し分け進む

港の傍には足の速い小規模の船がいざという時の為に待機をしており、もし転覆となれば助けに向かうのだろう


もう少し、もう少し。あと少し頑張れば港だ。無事着いてくれ


誰もが願っていた時こそ望まない事は良く起こる

船は転覆し、多くの者が冬の海へとその身を投げ出した

冷え切った両手を広げる青い世界へと


『いそげっ!』


誰が叫んだのだろうか

気がつけば彼は既に待機していた船へと乗り込んで居り、その船は転覆した客船へと向かっていた

潮風、海水は天敵だと言うのに

船から浮き輪のついたロープが何本も投げ出される

だが、数が足りない

多めに積んだとは言え大型の客船の乗客全てを救うには微々たる物だ


今まで生きていた彼ならば船にも乗らず見過ごすはずだったのに、気付けば彼は我が身にロープを巻きつけ海へとその身を躍らせた

周囲は海で、近くには彼の意思を繋ぐ樹は無いというのに


彼の大きめの身体には数名の乗客がすがりつく

が、冬の海の波は強く、船に引き上げられる頃には数名が一人二人になっている

船に引き上げられる度に彼はまた海へと飛び込む


何度繰り返したか


気付けば彼も船の甲版に救い出された乗客と共に並べられていた

その彼に一人の男性が近づいてくる


視線を向ける

水の滴るシルクハットを被り口ひげを蓄えた壮年の男性


「ん、おかげで助かった。が、君は無事かね。ん?」


彼は答えない

身体を震わせる為の空洞に海水が入っているからだ


「ん、返事が無いな。生きているのかな。どうだね。ん?」


頷きが返る


「ん、それならば良いんだ。献身は見事だが自分が倒れては意味が無い。そうは思わないかね。ん?」


首を振る


「ん、君はそうなのか。見た所樹木の精霊だが。海水は平気なのかな。ん?」


また首を振る


「ん、そうか。では、君はこのまま枯れるかも知れないな。どうかね、ん?」


首を振ろうとし…動きが止まり頷いた


「……ん、解った。助けられた者の務めだ。何か私に出来る事はあるかね。ん?」


ゆっくりと右手があがり


「ん、手を取るのだね。ん?」


頷きが返る前に手を握った

と、指が動いている。文字を書くように

其れをじっと見つめる男

指は暫く動き続けた後、止まる


「ん、そうか。其れらを届けて伝えてまわれば良いのかね。ん?」


頷き一つ

そして満足したような微笑み


「ん、解った。では、約束しよう」



男が頷きを返す



冬の海、船の上の約定

映写機と呼ばれる物を抱えた男と樹木の精霊が出会ったのは此れが最初

そして最後