コレは戦時下の一風景

さして珍しくも無く語られる事も無い一枚絵


ああ、でも


きっと誰かが傷付いている



ビチャ


熱い


そう思える物が顔を覆う鋼鉄の隙間を抜けて鼻を濡らす
ぬるりとした感触
だが、ソレに構っている時間など無かった
ただがむしゃらに腕を振るう
荒い息は興奮のせいか、それとも内から溢れ出しそうな恐怖の為か

ビュッ、ビュッ

手にした鉄塊が振るわれる度、こびり付いた赤い色が辺りをも同じ色へ染めようと手を伸ばしていく
其の合間を縫って時折甲高く耳障りな音
気付けば周囲はソレと怒号、そして悲鳴に支配されていた


何でだよ、何で急に


彼等に言い渡されたのは安全な任務のはずだった
どうして自分が今こうして武器を振るっているのか解らない
彼の頭を支配していたのは混乱と恐怖
そして僅かな高揚感


どうしてこんなっ


腕だけが異質に重く感じる
持ち上げるのが辛い、振るうのが辛い
彼等はかれこれ1時間は戦い続けていた

もう嫌だ、もう動けない。そんな事を彼は思う

動きを止めれば腕は楽になり、絶え絶えな息も吸えるだろう
だが、彼が止まればきっと目の前の敵が其の手に持つソレを…

悲鳴と肉の潰れる音がする
今直ぐ傍で刃を振るっていた仲間が倒れてる
赤い色を撒き散らして
ソレは若い兵士の意識を砕くには十分すぎる狂気


嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死ぬのは嫌だ


がむしゃらに剣を振るう
彼が生きているのは運が良いとしか言えなかった
振るう剣筋を見れば直ぐに訓練も出来ていない新兵だと解るだろう
ソレが何故剣を振るう事となっているのか


エルフィネスの森の中
前線から遠く離れたこの場所での懲戒任務
新兵の任務としては有触れたものだった
彼等もそう思って余裕を持って、だが緊張は忘れずに任務に望んでいた
けれど前線から遠く離れているという事で油断もあったのだろう
暫くするとひそひそと雑談をする者も現れた

静かな任務
部隊長も眉を潜めるが軽く咎めるだけで酷く叱りはしない
それはこれから育つ彼等のやる気を削がない為だったのかどうなのか
其処には新兵部隊ならではの甘さが漂ってた
男は軽くため息を漏らす

こいつらが一人前になる頃には戦況は動くだろうか

見えぬ先行きを思いながら、部隊長を任された男は一人油断なく辺りを探りながら部隊を率いていく
ベテランとして、隊長としてやるべき事は全て行い、新兵にもそれを叩き込むつもりだった
任務も中盤に差し掛かった頃


「小休止!各自休め」


彼の其の言葉を合図に新兵達は各々短い休憩を始める
彼自身は腰は下ろさず副官と続きの詳細を詰める
だが、彼らの行いは結局は実を結ばなかった
これから進む道を指差し確認をしていたまさに其の時、彼ら2人は血の詰まった肉袋となっていたのだから


「敵襲ーーー!」


誰が叫んだのか
声への反応は様々だった
状況を理解できない者
武器を取りすぐさま動ける体勢をとる者
冗談と思い今だ休憩を続ける者
慌しく逃げ出そうとする者

彼らは一様に何とも解らぬ敵の襲撃を受ける
胸を貫かれ、腕を切り落とされ、目を抉られ
対応出来たのは武器を持っていた者か距離があった者だけだった
突如の襲撃は年若い新兵達から思考力を奪い、襲撃者達はただ淡々と彼らを狩って行く
上がり続ける悲鳴
だが、時と共に応戦する者の怒号もソレに混じり、暫くすれば辺りは鉄の打ち合う音と雄雄しき叫び、そして悲鳴とが溶け合い、狩場から一転戦場へと変化していた


「畜生、畜生、死ねよっ。くんなよ」
「何だよ、何なんだよお前らっ」
「あぁあああぁあぁぁああっ」
「何で帝国がここまで。どうやっ…」


いくらか状況を把握出来るようになった彼らの目に写ったのは帝国軍旗
こんな奥地までどうやって?
そんな疑問を浮かべる間も無く戦いは加熱していく
考える前に剣を


やがて辺りに響いていた音が止み、静寂が現れる
後に残るのは森の緑と茶の合間に混じった赤
そして、人だったであろう肉の塊

それは戦場ではごく当たり前の光景
力持つ者が生きる事の出来る世界の一幕